http://great.mailux.com/file_view.php?id=UP44CE8B2592D3E 15歳、レズと乱交(上) 12歳で私がヴァージンを捨てた相手の32歳の男からは、そのあと何度か携帯がかかってきた。 しかし2度と会うことはなかった。 別に嫌いになったわけではなかった。 最初から好きなタイプではなかっただけである。 それに子供は移り気だからすぐに興味を失くしてしまったという理由もあった。 せっぱつまった電話の声から察すると、男の方からはかなり真剣に私に会いたい様子が感じられた。 私と付き合うために、あるいは私と付き合いたいから、すでにいた婚約者をキャンセルしたとまでいった。 それはそうだろう。 12歳のキュートでセクシーなブロンドの女の子にあれほどすごいサービスをしてもらったのである。 パーフェクトなボディにキュートな顔をしたブロンドの女の子のクールなお尻を抱えながら、ドギースタイルでペニスを挿入できたのである。 舌をペニスに充分絡ませたあとに舌ピアスで尿道口を刺激してもらったのである。 おまけにプッシーは今までに見たこともないようなきれいなピンク色で、つやつやに輝いていたのである。 あの男はおよそ考えられる男としての喜びを、一晩のうちにすべて満喫できたのである。 私が男の立場であったとしてもすべてを投げ捨てて必死に追いかけることだろう。 でも、あの男はわざわざそういうことを正直にいえば私が喜ぶとでも思ったのかもしれないが、日本人の女と比べられること自体、私に対してとても失礼だということはまったく理解できていないようだった。 そのあと出会った他の日本人の男たちと同じだった。 私は16歳の誕生日のひと月前に家族と共に日本からポーランドに引っ越した。 私の母が日本での生活になじめなかったこともあるし、日本人でありながら日本人嫌いの父がそれを強く望んでいたからでもあった。 だいたい私が10歳になる少し前の頃、母が日本に住んでみたいといったときに一番反対していたのが父なのである。 私もパパの気持ちがわかる。 短期の旅行ならともかく、日本はヨーロッパ人の住むような国ではない。 日本での最後の夏休み、つまり15歳の夏休みにハンガリーから友達が日本に遊びに来ることになった。 私はもともと日本人の女友達がほとんどいなかったので、ハンガリアンガールのジェシカが(もちろん仮名)、2週間のヴァカンスで日本に来るのをとても楽しみにしていた。 私にとってその夏休みの最高のイベントだったといっていい。 ジェシカは私のマムの友達の子供で、私たちは小さいときから何度かいっしょに遊んだ間柄だった。 血はつながっていないが仲のいいいとこ同士のような関係である。 ジェシカは私より一つ上の16歳でブルーの目、髪は明るいブラウンのとてもチャーミングな女の子だった。 ジェシカは日本に来るのが初めてだった。 私は愛するジェシカをどこに案内しようか子供ながらに悩んでいた。 浅草や秋葉原に連れて行ってもジェシカが喜ぶとは思えない。 相撲なんか見せれば笑い転げるにきまっている。 それ以前に相撲がいつどこで行われているのかさえ全然知らなかった。 けっきょく私の選択は六本木や青山にジェシカを連れ出して買い物や飲み歩きをするという平凡なものになった。 「日本の男とセックスしてみたい?」 ジェシカが日本に来て一週間ぐらいたった頃、私は六本木の外人の集まるバーでジェシカに聞いた。 買い物や飲み歩きだけでジェシカは充分に喜んでくれていたけれど、少しは極東の島国に来た思い出というものをジェシカにプレゼントしたかった。 私たちの家族がポーランドに帰ることはすでに決まっていた。 そうなればおそらく2度とジェシカは日本に来ることはないのである。 「よかったら相手、紹介するけど」 ハンガリーの公用語は当然ハンガリー語だが、私はハンガリー語を話すことができない。ジェシカはポーランド語を話すことができない。 したがって私たちの会話は常に英語で成り立っていた。 私が唐突にいったからか、ジェシカは笑い出した。 「もちろん、でもいつ?」 「今日」 私がきっぱりというとジェシカはまた笑い出して、 「オーケィ、せっかく日本に来たんだからジャパニーズボーイとファックしたいよ」 といった。 |